今回は、「”モト”に固執しない」をテーマに取り上げてみたいと思います。
投資の世界の格言には、1つの銘柄で失ったお金を、その銘柄で取り返す必要はない(=他の良い銘柄に乗り換えた方が良いときを見極めるべき)、あるいは、過去に出した損失を取り戻そうとすることで、過度に力が入ってしまい、次の銘柄を選別する際に必要以上にリスクを取ってしまうことを戒める、といった内容のものが数多く存在します。
つまり、一言でいえば、「金銭的な”モト”を取ることに固執しない」ことの重要さを訴えているわけですが、今回当社が述べる内容は、これらを指しているものではなく、「”使った時間”というモトを取ろうとしない」ことの重要性を、意味するものです。
つまり、当コラムでも繰り返しお伝えしてきたような、金融市場において不用意に資金を失わないため、その資金を投じる先(投資対象)について、十分な調査と分析を行い、それらについて伴うリスクを進んで取れるだけの理解を持つ必要がある、といった投資の原則に従おうとする場合、そこには常に、多くの「投資に値するとまでは確信に至れなかった銘柄」が生じてきます。
一見した際に、「その事業内容が比較的シンプルで、将来にわたって利益(キャッシュ・フロー)の着実な成長が期待でき、しかも株価が適度に割安」と映る銘柄は、株式市場がバブル的状態、ユーフォリアの状況、にでもなければ、その絶対数は少なくとも、時として発見できるものですが、
実際にそれらの銘柄に関して、「リスクを伴う資金投下にも値する」と確信を持てるまで理解を深めるには、文字通り、「小石を一枚一枚ひっくり返すように」対象となる企業、それを取り巻く業界などについての調べが必要である、というのが当社の考えです。
そして、その確信に至るまでに立ちはだかる障害物は、そのまま上記の「その事業内容が比較的シンプルで、将来にわたって利益(キャッシュ・フロー)の着実な成長が期待でき、しかも株価が適度に割安」の3つの条件すべてに内包されています。
つまり、始めから複雑に見えるビジネスが、実際には単純なものであった、という事はまずありませんが、一見シンプルに見えたビジネスが、実際にはとても複雑な仕組みを持ったものであった、という例は、枚挙に遑がありません。
たとえば、
・そのビジネスを続けるためには、どのような天然資源や設備が必要で、それは世界のどこにいる誰が提供しており、もし現在の供給者が何らかの理由で取引をストップしてきた場合(これは現実社会では時折起こります)、他にどのようなオプションが取りうるのか?
・また、ビジネスを円滑に流れさせていくために、社内あるいは協力企業に、どんな機能を提供できる人材がどれだけ必要で、現在、今後の労働市場の状況を考えたときに、成長を実現するために欠かせない人材を、収益性にダメージを与えない形で(つまり、大幅な労働コストの上昇を伴わずに)確保することが可能なのか?
などといった比較的単純に見える点を考えただけでも、これらを具体的に評価していく過程においては、必然的に「比較的シンプル」であると予想していた事業が、「実はかなり複雑」な事業であった、との認識を迫ってくるような障害物は、順々に現れます。
この「事業のシンプルさ」を見ただけでも他に、
「在庫の管理は十分に効率的に行いうる性格のビジネスなのか?」
(これは多くの「一見素晴らしいビジネス」を、現実にはリスクの高い投資対象としている、恐らく最大のポイントの一つであると思います)
「取り巻く法制度の変更が、その企業のビジネスの将来像に、どのような影響を与える可能性があるのか?」
など、検討に不可欠な幾つかの論点をおさえようとするだけで、そこに多くのハードルが立ちはだかってくることが、予想できるのではないかと思います。
これらと絡み合いながら、残りの「利益成長の実現性」、「株価の割安度」を一つ一つ慎重に、且つ、投資のリスクを最小化するために保守的に、行っていった場合には、当初の「その事業内容が比較的シンプルで、将来にわたって利益(キャッシュ・フロー)の着実な成長が期待でき、しかも株価が適度に割安」と見えた銘柄を、検討の進捗とともに、高い確率で振り落とさねばならないことになります。
特に、これは当社内でもしばしば起こることですが、それまで見込みが高いと評価されてきた銘柄が、検討の最終段階に近い時点で、どうしても必要な投資の基準を満たさないと判断された場合、それまでその企業に関する調査に費やされた人的コスト、その他の附随コストは、相応に大きなものとなり得ます。
そしてこれは、当社のように事業として投資の検討を行っている場合だけでなく、個人の投資家が自分で必要な調査を行う場合でも、たとえば、企業の業績を把握するために有価証券報告書に目を通したり、IRのスタッフや経営者の話を聞いたり、あるいは実際に自分の目で店舗や製品・サービスを確認したり、という形で、やはり少なくとも数十時間単位の、一定の時間(=コスト)が掛かってくることだと思います。
そして、このようなケースでは、人間の心理は多くの場合、既に発生済みのコスト、ここではそれまでに自分が費やした時間等のコスト(経営学では、これを「サンク・コスト」と呼びます)を出来るだけ回収したい、との方向に動きがちとなります。
しかしながら、これは経営学の初歩が教えるように、文字どおり既に「沈んだ」コストと捉えるべきであり、投資家にとってあくまで重要なのは、これから行う投資が、果たして十分なリターンをもたらしてくれるのか、という点のみであるはずです。
そして、多くの投資家にとって、その投資によって失う可能性のある最大損失額は、それまでに費やしたリサーチの費用(仮に100時間に1時間当り2,000円をチャージすると、20万円)を上回っていることも多いと思われますので、目先のコスト回収に囚われた結果、より大きな実際の損失を被ってしまった、ということにはならないためにも、その経済合理性を常に念頭に置いておくことが重要ではないかと思います。
また、経営学上では「サンク・コスト」として沈んでしまった時間・費用でも、実際には、その時間の努力そのものが、ひいては自身の一層の投資リテラシー向上をもたらしてくれる面も必ずあるはずですから、それを十分な無形の回収分として捉え、その後の投資判断自体は、あくまで完全なゼロベース、且つ、ビジネスライクにのみ行われるべきであると、当社では考えています。
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